ラブラドール・ノアロー -- 私の心の・・・2011年08月23日 23時56分34秒


 昨日はノアローの13回目の誕生日でした。

 私の大事なノアローちゃんは死んでしまったので、小さなケーキやオヤツを仏壇にお供えしました。

 最近は忙しいせいもあり、前のようにノアローの死の悲しみで嘆き苦しむことはなくなりました。

 ほかのラブラドールのように元気で生きていれば、13歳の誕生日をお祝いできたのかな?なんて思うこともなくなってきました。

 ノアローちゃんは遠くへ行ってしまったのかな・・・。

 そう思うと悲しいですね。

 でも、前のようには悲しくはありません。

 震災後に、アメリカでラブラドールのブリーダーをやっているお友達に、「日本でも良いラブラドールがいるのを見つけたけれど、景気もどうなるかわからないし、今はラブラドールを迎える状態じゃないの」と言ったところ、

 「そのブリーダーさんと縁が出来るかもしれないし、出来なくても、どちらにしても、ノアローはあなたの心の中にずっといるから」

 というようなことを言われました。

 「ノアローは私の心の中にいる」

 その直後は、ノアローはもう私の心の中にしかいないんだ・・・という、悲しい思いにとらわれました。

 でも、「ノアローは私の心の中にいる」という概念は、私の心を捉えて離れませんでした。
 
 何度も何度も、その言葉が頭の中に浮かびました。

 やがて、私の心の中で、ノアローが丸くなっておネンネしているような、赤ちゃんのように抱っこされているような、そういうイメージが心に浮かぶようになりました。

 私の心の中でノアローが大事に守られているというイメージは、私の心に平穏をもたらしたのかもしれません。

 心の中とは上等な住処じゃないかと、、、今ならそう思えるのです。

ラブラドール・ノアロー -- お盆の出来事 2011年編2011年07月22日 00時39分15秒


 ご無沙汰しております。暑かったと思ったら、台風が来て、今は寒いですね・・・。

 7月12日から16日はお盆でした。

 12日、いつも通り、仏壇の前に祭壇をこしらえて、竹やほうずきで飾り付けをしてご先祖様をお迎えしました。

 飾り付けをしているときに、うちの夫がそこに置いてある椅子の真下にあったノアローのおもちゃを椅子の上に置きました。

 そのおもちゃはいつも気にしているおもちゃなので、自然と目がいきました。

 椅子の上にはラブラドールの柄のクッションと、ノアローのバンダナが飾ってあって、ずっとそのままの状態で置かれています。

 夕方、迎え火をたいてご先祖様の霊をお迎えして、飾りもすべて終わった状態で、なにげなく仏間へ行ってみると・・・。

 椅子の上に置いたはずのおもちゃは、元あった椅子の下に戻っていました。

 「え?」と思いましたが、心のどこかで「やっぱりね・・・」という気持ちがありました。

 ノアローちゃんの仕業だったのかな?

 ノアローが亡くなる前、ノアローは暫くの間、その椅子の脇に伏せてうずくまっていました。

 力が弱っていて、その場所から動けなかったのかもしれません。

 その場で立ち上がったとき、本当に息が苦しそうに見えましたが、ノアローは頭を下げて椅子の下にあったおもちゃの匂いをクンクン嗅いだのです。

 そこにおもちゃがあることを確かめたかったのでしょうか・・・。

 だから、その場から、そのおもちゃを動かしたことはありません。

 たまたま、夫が椅子の上に上げましたけれど、やっぱり元の場所に戻ってしまいましたね・・・。

 ノアローが天国へ召されてから、ノアローと同じ1998年生まれのラブラドールが何頭か天国へ旅立ちました。

 寿命だから仕方がないんだ、、、と、少しずつ思えるようになって来ました。

 ワンコの一生は短いけれど、やはり、ラブラドールは人を愛する優しい犬種ですね・・・。

 大好きです。

ラブラドール・ノアロー -- ノアローちゃんの一周忌2011年05月15日 23時10分50秒


 5月13日はノアローちゃんの一周忌でした。

 ノアローちゃんを偲んで、夫のおばと一緒にお寿司やケーキを食べました。

 生きている可愛いノアローちゃんの写真はもう撮ることが出来ませんので、仏壇の写真を取りました。

 右側のテレビの画面に二つの白い点が写っていました。

 今晩、写真をリサイズするときに発見しました・・・。

 ノアローちゃんなのでしょうか?お正月にもこのような丸い点が写りこんでいました。

 黒くて艶々で柔らかい、黒い毛皮のおまんじゅうみたいだったノアローちゃんを思い出し、とても悲しくなりました。

 ノアローちゃんはもう二度と戻って来ないんだな・・・と、そればかり思います。

 悲しんでいても辛いだけなので、何か建設的なことをしようと思って絵を描く事にしました。

 愛するノアローへの供養にもなるでしょう・・・。

 昨日は久しぶりに近くのパン屋さんへ買い物に行きました。
 
 ノアローと一緒に行ったことを懐かしく思い出したからかもしれません。

 車を出すとき、黒いアゲハチョウが楽しげに舞うように飛んで来ました。

 一瞬だけ、助手席の窓の近くまで飛んできて、あとは好き勝手にアヤメの周りをピョンピョンと飛んでいました。

 遠くへ行ってしまったから、あれはノアローちゃんじゃないよね?

 ノアローの亡骸を家から送る日の朝、クレマティスの花とアヤメの花を摘みに行ったっけ・・・。花の咲きが遅い今年と違い、去年は花がいっぱい咲いていました。

 その花をお棺の中のノアローの周りに並べて、綺麗に飾ってあげたことを思い出します。

ラブラドール・ノアロー -- ノアローちゃんにささげる絵2011年05月05日 19時31分10秒


 五月五日は端午の節句ですよね!
 
 ノアローが生きている間、特別にお祝いすることはありませんでした。

 やがて老いて亡くなっていく愛犬に「将来、立派な男の人になるんだよ!」と祝う気持ちになれなかったからでしょうか?

 私の中には、そういう醒めた、人間として悲しい性分が隠されているのかもしれません・・・。

 ノアローの一周忌を控え、今年もノアローのために絵を描いてあげたくなりました。

 去年も今頃、ノアローのポートレイトを一心不乱に描いていましたから・・・。

 それで端午の節句の絵を描くことに決めたのです。

 取り掛かって出来上がるまでかなり時間が掛かりました。

 下絵が完成したのが3月11日を回った真夜中で、、、、その日の午後に大地震が起きましたからね・・・。

 4月の終わり頃には口内炎で痛くて苦しむこと一週間。それが終われば右目が真っ赤に炎症して一週間近く目が痛かったです。

 口内炎は激痛。目の充血は見た目が悲惨なので余計な心配をしてしまう・・・。で、気持ちまで落ち込みました。

 地震のせいで日常生活にも狂いが生じ、すっかり抵抗力が落ちてしまったのですね。

 できるだけ無理をせず、休むようにしました。

 絵は、仕上げの数時間はかなり頑張りましたが、思ったように描けたのがラッキーでした。

 5月5日に絵が間に合って、とてもうれしいです。出来も良いです。

 今は気持ちも明るく前向きです。

 ノアローちゃん、人生には必ず新しいことがやって来るね!

 いつでも一緒に頑張ろうね!!

ラブラドール・ノアロー -- 水仙の季節2011年04月04日 01時13分01秒


 季節は巡り、わが家の庭にも水仙が咲く季節となりました。

 今年は去年ほどコブシの花には勢いがありません。

 去年の今頃、私は咲き誇るコブシの花を見上げながら、底知れぬ不安に恐れおののいていましたっけ・・・。

 そんな風に不安にばかり感じていたから、ノアローが本当にあの世のに連れて行かれてしまったんだと思うこともありましたが、逆に考えれば、私はノアローの死を予感していたことにもなりますね・・・。

 今はその心配はありません。
 
 あるのは、世の中を覆い尽くす不安だけ。これは漠然とした物ではなく、きっと確かなものです。

 ノアローも気に入っていたコストコも地震による倒壊、そして事故のために閉まったまま・・・。

 現場の惨たらしい姿は衝撃でした。西日を浴びてくっきりと浮かび上がる壁の色は外国の建物のように見えました。

 建物が元あった姿ではなく、崩れたり、燃えたり、壊れた姿をさらしている様は無惨です。

 無惨で胸が痛くなります。

 地震が起きて世の中が大きく変わって、その変化が私が望まないものであったり、最も嫌う類のものだったりしてから、少しずつ気持が沈むようになりました。

 今年に入って、毎月のようにお葬式が入るからでしょうか?

 死について考え、ノアローと過ごした時間について考えます。

 人生って短い。ましてや、幸せな時間なんてあっと言う間に過ぎていく・・・。

 どんな心構えで生きたら良いのか、・・・わからないです。


 それにしても、大地震で原発が壊れて放射能が漏れっぱなしって何でしょう。

 東京はそんなに心配しないレベルだそうですが、今後のことを考えたら飲み水だけでも変えた方が良いのかな?とか・・・・・・。

 国産のミネラルウォーターが簡単にスーパーで手に入らなくなりました。

 薄暗い店内の空っぽの棚を見て、言いしれぬ不安を感じました。

 買い占めがどうとかじゃなくて、今は非常事態なんだと、誰だって思うでしょうね。

 ノホホンと生きられた時代が懐かしくてたまらなくなる時があります。